単身赴任みちのく日記

(当時)(^^ゞ 51歳 初めての単身赴任。赴任先は青森県三沢市。(みちのく編⇒遠州編⇒陸前編⇒出雲編⇒みちのく編に戻る)             お酒は好きだけど料理作りはまるでダメ。そんな男が無事家族の元に帰れる日は・・・果たして来るのだろうか??

ヤマハ コミュニケーションプラザ その2-2 

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2階 に上がってみましょう。

おぉ〜 半年前とは レイアウト が少し変わったみたいです。





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カラーリング が美しいっていうか、

カッコイイですねぇ〜〜

ファクトリーマシンですからねぇ〜〜





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●1984 YZR−500 (0W76)

V型4気筒エンジンにクランク室リードバルブ吸気を新採用。

より滑らかな出力特性と良好な始動性を備えたマシン。

アルミデルタボックスフレームなど車体や足まわりの熟成もはかられ、

開幕戦から優勝を飾った。

エディーローソンは初めてチャンピオンを獲得。

また、日本選手権では 平忠彦 が2年連続500ccチャンピオンとなった。







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●1992 YZR−500 (0WE0)

ウェイン・ロイニーが年間6勝を挙げ、3連覇を達成した世界GP500用ファクトリーマシン。

2軸クランク・V型4気筒エンジンをさらに高出力化するとともに、第9戦ハンガリーGP以降、

位相180度の等間隔2気筒同時爆発を位相0度・90度の不等間隔2気筒同時爆発に変更。

中低速域でのトラクション性能向上をはかり、コーナー脱出力を高めた。





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●1995 YZR−500 (0WF9)

1994年から’95年までに投入されたGP500用ファクトリーマシン。フレーム材質変更により

剛性バランスを最適化。さらに前面の吸気口をカウル内側に配し、空力特性向上をはかった。

’95年モデルでは、吸気効率向上のため、走行風をエアボックス加圧に活用する技術も導入。

この年、2勝を挙げたルカ・カダローラがランキング3位、初のGP500フル参戦を果たした。

阿部典史(ノリック)は9位に入った。





俺の大好きな阿部典史(ノリック)選手は

全日本ロードレース選手権フル参戦一年目の1993年に最高峰クラスの500ccクラスにおいて、

史上最年少の18歳でチャンピオン、そして500ccクラス最後のチャンピオンとなった。

その後、ヤマハワークスに入り1995年よりWGPフル参戦。

1996年の世界GP第3戦日本GP(鈴鹿)では、

1982年のスウェーデンGPでの片山敬済以来の日本人ライダーによる500ccクラスの優勝を飾るも

2007年10月7日、神奈川県川崎市川崎区内で 

500ccスクーター型バイク(黒いヤマハ・TMAX)で北上中、

左側車線から突然Uターンしてきた配送用の4トントラックに衝突し、

午後8時50分過ぎ、搬送先の病院にて32歳の若さで急逝。

ご冥福をお祈りいたします。





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●1987 YZF−750 (0W89)

市販スポーツモデルFZ750をベースに開発した耐久仕様のTT-F1ファクトリーマシン。

1986年型YZF750を細部まで見直し、中低速出力特性を高める可変排気バルブや

迅速なタイヤ交換が可能な片持ちスイングアームを新たに採用するなど、

いっそう熟成・進化させた。'87年鈴鹿耐久8時間耐久レースでは、負傷の平忠彦に代わった

マーチン・ウイマー/ケビン・マギー組の#21が劇的な逆転優勝。#26ジョン・コシンスキー/

カル・レイボーン組も3位入賞を果たした。



俺の大好きな 平忠彦 選手は、

1982年、角川映画『汚れた英雄』で、草刈正雄演じる主人公・北野晶夫のレースシーンのスタントを務めたり

資生堂男性用化粧品「TECH21」のCMでも放送されました。

身長も高く、端正な容貌、ダイナミックかつ緻密なライディング、

人気と実力を兼ね備えたライダーであり、1980年代の国内ヤマハワークスでエースの地位を占めた。

しかしスターにありがちな派手な言動は全く無く、穏やかな人柄で男女問わず多くのファンを獲得した。

速さは勿論の事、卓越したマシン開発能力があり、

ロードレース世界選手権 (WGP、現Moto GP) にすぐれたマシンを供給して、

ヤマハのタイトル獲得に貢献した。





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●1990 YZF−750 (0WB7)

限定発売モデルFZR750R(OW01)をベースに開発した耐久仕様のTT-F1ファクトリーマシン。

いっそう高回転化・小型化された新エンジンを、前輪荷重増加のためステアリングヘッドを低く抑え

スイングアームビボット位置を進化させた新設計フレームに30度前輪で搭載。

同時に、フレームラインと一体化した高剛性リアアーム、倒立式フロントフォークの採用によって

足回りを強化し、GPマシンなみの操作性を実現した。'90年鈴鹿8時間耐久レースでは、

エディー・ローソンとペアを組んだ 平忠彦 が念願の初優勝を飾った。


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●1984 XJ750R (0U28)

市販スポーツモデルXJ750Eをベースに開発した耐久仕様のTT-F1ファクトリーマシン。

駆動方式をシャフトドライブからチェーンドライブに変更し、DOHC4バルブ・並列4気筒エンジンを

専用設計アルミ角パイプフレームに搭載。軽量・コンパクトな車体により優れた操作性を発揮する。

1984年の鈴鹿8時間耐久レースでは、上野真一/河崎裕之組が生後にエンジントラブルでストップ

しながら5位入賞を果たした。





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この車はなんでも、第14回東京モーターショーに出品された前期型に

人目惚れして購入した日本のオーナーが、長らく所有していたのですが、

自分亡き後の終の住み処にふさわしい場所としてヤマハ発動機に寄贈された

ということです。

ちなみに前期型は3台だけなので、マジで貴重な1台ですね。





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この美しい後ろ姿。

セクシーですねぇ〜


デザインは、トヨタ自動車のデザイナーであった野崎喩(のざき さとる)を中心にデザインされたと言う説や

ドイツ系アメリカ人デザイナー、アルブレヒト・フォン・ゲルツが、

2000GTのデザインも手がけたという説があるそうです。

車両の設計・開発に関しても

けっこう謎が多い車です。





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タイヤにはブリヂストン製POTENZA S001が採用され、

サイズはフロント: 265/35ZR20(95Y)、

リア: 305/30ZR20(99Y)をはいています。

ホイールにはBBS製の20インチ鍛造アルミホイールが

使われているとのこと。

リア、305だって!!

すげぇ〜〜


何回行っても ワクワク する場所です。





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2月 7日 金曜日

0207朝
おはようございます。


ひんやりとした朝、

それでも風が無いのが救いです。


今週もいろいろなイベントがありましたが、

やっと週末です。


大寒波が襲来して、

全国的に大雪の予報ですね。


暖かくしてお過ごしくださいませ。


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