単身赴任みちのく日記

(当時)(^^ゞ 51歳 初めての単身赴任。赴任先は青森県三沢市。(みちのく編⇒遠州編⇒陸前編⇒出雲編⇒みちのく編に戻る)             お酒は好きだけど料理作りはまるでダメ。そんな男が無事家族の元に帰れる日は・・・果たして来るのだろうか??

高柳記念未来技術創造館@浜松市中区静岡大学工学部

0912静大  
浜松市中区にある 静岡大学工学部

やって来ました。









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その校内に

高柳記念未来技術創造館

あります。



そこが、今回の取材場所です。









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高柳 健次郎(たかやなぎ けんじろう、1899年1月20日 - 1990年7月23日)は、


日本の工学者、日本ビクター元副社長・技術最高顧問。

静岡大学名誉教授。日本のテレビの父 と呼ばれています。





そう、この方が

テレビの原理 を説いた人です。





日本人 がテレビの原理を提唱し

その後、テレビ受信機を作ったのです。







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高柳 健次郎氏

静岡県浜名郡和田村(今の静岡県浜松市東区安新町)に生まれました。





静岡師範学校を経て1921年、東京高等工業学校(現・東京工業大学)附設工業教員養成所卒業。

同年、神奈川県立工業学校(現・神奈川県立神奈川工業高等学校)教諭、





1924年(大正13年)に浜松高等工業学校(現・静岡大学工学部)助教授となり

「無線遠視法」(テレビジョン)の研究を本格的に開始します。









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1926年12月25日、浜松高工にてブラウン管による

電送・受像を世界で初めて成功させました。







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送像側に機械式のニプコー円板と受像側に電子式のブラウン管を用いて、

片仮名の 「イ」 の文字を送受像しました。










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ブラウン管はドイツの物理学者ブラウンによって考案された物理実験用の陰極線管(CRT)です。


陰極線(真空放電において陰極から放出される高速の電子の流れ)の方向を制御して観察する装置で、

これを受像機として応用したのがブラウン管テレビです。


 






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高柳健次郎は、世界初のブラウン管テレビの実験に成功したのですが、


戦争よりテレビ開発は中止。



戦後もGHQが

彼の能力の高さに

開発をさせなかったそうです。



ただ、テレビはさまざまな技術成果の積み重ねによって完成されたもので、

特定の発明者はいないそうです。








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走査線 の数は40本でした。


「イ」の字はいろは順の最初の文字として選んだそうです。



ちなみに 走査線 というのは、


テレビ画面やディスプレイにおいて、

画像を表示するために光を発する水平方向の線のことです。




画面上で瞬間的に光っているのは1つの点であり、

走査線はその光が左から右へ高速で移動するためのレールのようなものです。




さらに、光は上の走査線から下の走査線へ移動していき、

目と画面の残像効果によって面に見えるというしくみです。





日本で採用されていたNTSC規格のテレビの走査線は525本なので、

画面の上から525本の軌跡(実際は262.5本を2回走査している)が

見える事になります。




高画質の「ハイビジョン」は、525本の倍の1125本の走査線です。

その上を行く4Kではハイビジョンの約2倍の走査線を使い

解像度を4倍に上げています。

 








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まさに初期の民生用テレビジョンです。

ブラウン管もこんな小さなサイズだったんですよ〜









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米国のGE製の中に混じって

日本ビクター社製のもありました。










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浜松ホトニクス社製 の20インチ光電子増倍管が大量に設置された

カミオカンデニュートリノ を観測した 小柴昌俊氏ノーベル物理学賞 を受賞しました。




その後の スーパーカミオカンデ でも同タイプの光電子増倍管が研究に用いられ、

2015年の 梶田隆章氏ノーベル物理学賞受賞 にも寄与しました。





小惑星探査機「はやぶさ」にも同社が開発・製造したI

nGaAsイメージセンサとCCDイメージセンサが搭載されました。



浜松ホトニクス

高柳健次郎 に教えを受けた堀内平八郎によって創業し



テレビ関連の真空管及びCRT製造から始めます。



途中、地に根を深くおろして、テレビ開発だけではなく、

光電子(Photo-Electronics)技術の究極を目指そうということで、

浜松ホトニクス と会社名を改名しました。


そのため高度なガラス加工技術によって、

光電子増倍管を始めとした特殊光学機材で高い技術を保持し




その後、半導体関連の設備増強によって、

半導体レーザやフォトダイオードなどの開発も行っています。




高柳さんがいなかったら

TVもノーベル賞も今と少し違ってきたかも

しれませんね!






高柳記念未来技術創造館HP





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