単身赴任みちのく日記

(当時)(^^ゞ 51歳 初めての単身赴任。赴任先は青森県三沢市。(みちのく編⇒遠州編⇒陸前編⇒出雲編⇒みちのく編に戻る)  お酒は好きだけど料理作りはまるでダメ。そんな男が無事家族の元に帰れる日は・・・果たして来るのだろうか??

寺山修司記念館@三沢市

8月25日のつづきです。

寺山修司
三沢市民の森の中に寺山修司記念館があるというので
行ってきました。

寺山修司1
森の中にたたずむ奇妙な建築物がそこにありました。

寺山修司2
おもしろい造りです。アートの世界ですね。

寺山修司3
早速、ドアを開けて入って行きましょう。

寺山修司4
みなさんは寺山修司をご存じですか?

自分は、カルメン・マキの「時には母のない子のように」とか
浅川マキのプロデュースや作詞、タモリのモノマネ彼の事を知りました。

(1935-1983) 47歳で亡くなっていますねぇ。肝硬変だそうです。

「百年たったら帰っておいで 百年たてばその意味がわかる」
    意味深いですね。

寺山修司5
ちなみに明日のジョーの作詞も彼です。
力石徹が亡くなった時の葬儀委員長です。

歌人、演出家、映画監督、小説家、脚本家、演出家、随筆家、俳優
俳人、評論家、写真家。
作詞だけでも600点を超えるとか。

彼は青森県弘前市で生まれ。戦中父親を亡くし
小中学生の4年間三沢市の学校に通っていたそうです、
何時の時代にでもあるように、”いじめ”にあい、
ひっそりと中学校を離れて行ったそうです。

後、青森高校、早稲田と行くわけですが、当時から
頭が良く、紙芝居や演劇を作っていたそうです。

寺山修司6
寺山修司7
ホールにはアートが展開されています。
横尾忠則や大島渚、美輪明宏とも交流があったらしく
映像的にも面白い造りになっていますね。

この記念館は4年間しか在籍していなかった彼の為
同級生達が翻弄し作り上げた記念館だそうです。

寺山修司
彼の映画や本を読みたくなってきました。。。

知らなかったあなたも寺山ワールドを覗いてみませんか!!


地図はこちら↓





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コメント

たしかぁ~

東由多加氏は、多大に影響を受けて、後に東京キッドブラザースを立ち上げ、三浦浩一、飯山ひろあき、柴田恭兵、純アリス、坪田直子らを輩出したような~

  • 2012/08/29(水) 16:27:31 |
  • URL |
  • ジュリエットの担当者 #-
  • [ 編集 ]

で~

で~何!?
最近、仲間内で流行ってまして
で、寺山さんから、キッドを思い出して、あの頃僕も若かった!と~思い出していました(^^)
キッドも今年の夏、往年のメンバーが集まってイベントをやりました。

  • 2012/08/29(水) 16:35:20 |
  • URL |
  • ジュリエットの担当者 #-
  • [ 編集 ]

東由多加氏、早速検索してみました。
そうそうたるメンバーですね。

  • 2012/08/29(水) 21:54:41 |
  • URL |
  • k-zou3 #-
  • [ 編集 ]

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